鈴木明子選手は摂食障害(拒食症)に悩まされていた!

10代から活躍する選手が多い

フィギュアスケートの選手の中で、

鈴木明子選手は遅咲きと言われています。

 

オリンピックに

初出場したのが24歳ですから、

確かに、

フィギュア選手としては

活躍が遅いように感じます。

 

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鈴木明子選手も摂食障害に悩まされていた時期があった?

 

鈴木選手が

フィギュアスケートを始めたのは、

6歳のときでした。

 

この年齢は

決して遅すぎるというわけではありません。

 

実際、

ノービス時代には

数々の大会で入賞を果たし、

頭角を現していました。

 

彼女が摂食障害になってしまったのは、

高校に入ってからです。

 

当時、

鈴木明子選手は身長160センチ48キロでした。

 

BMI数値だけで見ると18.75で、

一般女性の数値で考えると標準体型です。

 

もちろん、

スポーツ選手ですから、

筋肉量は一般女性よりあったでしょう。

 

しかし、

フィギュアスケートという

スポーツだからでしょうか。

 

鈴木明子選手は「少し体重を落とそう」と、

減量に取り組むことにしました。

 

これが拒食症を招くことになります。

 

鈴木明子 摂食障害 過食 目

http://www.asahi.com/articles/ASG2N0HC1G2MUTQP033.htmlより引用

 

フィギュアスケートのための

減量だったはずが、

いつしか体重が落ちること

そのものに一喜一憂してしまうようになります。

 

体重が戻ることをひどく怖がるようになり、

いつしか何も食べなくなり、

ついには食べても

吐き戻すようになってしまいます。

 

体重が落ちすぎて、

リンクに入ると寒さで震えが止まらなくなり、

ついにはコーチから止められてしまいました。

 

体重が30キロを切ったら

入院と医師に厳しく言われましたが、

このときも鈴木明子選手は

「滑りたい」とだけ考えていました。

 

自宅治療を選んだのはそのせいです。

 

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治療は母との二人三脚。

はじめは母親もなかなか理解ができず、

「食べなさい」

無理強いをしていたそうですが、

スケートを諦めない

鈴木明子選手に覚悟を決めて彼女が食べられるもの、

食べやすいものを用意してくれるようになります。

 

「食べるという当たり前のこともできない自分を、

母が受け入れてくれた」

 

この事実が、

鈴木明子選手を快報へと向かわせる

きっかけになりました。

 

こうした闘病の結果が彼女を遅咲きにさせた原因です。

 

フィギュアスケートのために

始めた減量だったはずなのに、

それが摂食障害となり

彼女の生きがいであるスケートから

遠ざける結果になってしまっていたのです。

 

鈴木明子選手の転落と

そこからの復帰のエピソードは、

私たちに摂食障害という病の

本当の恐ろしさを教えてくれています。

 

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